平成懐徳堂

「すごい」の記録と共有。

世界遺産・萩/松下村塾、三角州、安山岩

 近頃世界遺産がアツい。

 僕はこれまでスペインを二回訪れていて、いずれもカトリック聖地巡礼のようなことをした。合わせて2000km程歩いたこの道は、「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道」として「道の遺産」に登録されたものだった。つまり特定の建造物とか地域ではなくて、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに向けて整備された巡礼路そのものが世界遺産となっている。

 だから毎日歩いていると、その道を世界遺産たらしめている教会やらなんやら――いわゆる構成資産――をしばしば目にした。だけど正直なところ、背景を知らないと人間あまり心に響かないもので。自分でもなんだか勿体ないなあ、と感じていた。

 そんな思いもあって、近いうちに旅行に行きたいと思っている中国地方、特に山口県の萩が世界遺産となった背景を整理しておきたい。つまり勉強ノートのようなものですが、よろしければご参考にどうぞ。なお、大まかな流れはNHKブラタモリ」を参考としている。

湿地帯が造り、湿地帯が残した街 

 萩は2015年、「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録された。

 毛利輝元(1553~1625)は関ヶ原の戦いに西軍総大将(名目上)として出陣するも敗れ、家康によって領地の大部分を削られる。その上で長門国の未開の地・萩に築城することを命じられたため、嫌が応にも開拓を迫られる。

    萩は海と二本の川に囲まれた三角州で、湿地帯だった。つまり地盤が弱く、建造物が倒壊・腐敗しやすい。大変ですね。

 しかしこの地が後に毛利三十七万石の地となり、日本を動かす人材を多数輩出する。藩校としては日本三大学府の一である明倫館があり、木戸孝允(1833~1877)や吉田松陰(1830~1859)。さらに松下村塾を通じては高杉晋作(1839~1867)、伊藤博文(1841~1909)、山県有朋(1838~1922)、また桂太郎(1848~1913)、田中義一(1864~1929)らが出る。桂太郎田中義一は年代的に、松陰の教えは受けていないですね。まあ何というか、歴代内閣総理大臣だらけですごい。


 ただ今回の主題は世界遺産いかにして未開の地・萩は開拓され、またその遺産が現代にまで残されたのか?

 萩は元々は三角州ゆえの湿地、プラス砂丘による高台という地形を有していた。必然的に地盤は不安定。だからこそ未開拓であったのだが、ここで白羽の矢が立ったのが付近の火山群、阿武火山群だった。萩からは海路で3km程度の距離しかない。

 萩の城下町は、この火山から切り出された安山岩を用いて固められた。さらに、海底に沈んだ火山帯は絶好の漁場となり、雲丹や鮑といった特産品を産んだ。これらが町に利益をもたらし、萩の町を形成してゆく。

 しかしここまでは、当時として特筆すべきほどのことではない。問題は、なぜこの町が現代まで残されたかということだ。

 萩は江戸期に開かれていったとはいえ、なお人が住めない低湿地は残されていた。この余剰の地が鍵となる。

    そもそも一般論を述べれば、現代まで古い町並みが残りづらいことの要因の一つに、限られた良い土地に重要な施設を建設したいという当然の思考がある。明治以降、役場や警察署といった公共施設などを作る際には、それまで良い土地を占有していた江戸期の武家屋敷を取り壊す必要があった。しかし萩には、わざわざ取り壊しまでせずとも、ほんの数キロメートル視野を広げれば、未だ未開墾の(正確には田として利用されていた筈ではあるが)土地が残されている。ならば近代の技術を用いて、ここに新たな施設を設ければ良い。

 つまり萩の地は、湿地帯であったが故に未開拓の地が明治期まで残されており、よって新たな施設の建造のために江戸期の武家屋敷等を壊す必要がなかったのだ。この残された屋敷群、すなわち「萩城下町」こそが現在登録されている世界遺産指定地域である。なるほどー。

 以下私見世界遺産明治日本の産業革命遺産」の登録基準は(ⅱ)と(ⅳ)である。萩に関していえば主に(ⅳ)、すなわち「人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合体もしくは景観の顕著な見本」が適切かと思うが、要するに残されているってことが世界遺産に登録されるに当たって重要だ、ということ。

 正直な感想を言ってしまえば、萩の武家屋敷群は「何が何でも残すだけの価値があった」という類の遺産ではない。どちらかといえば、その風土的特質によって結果的に残された遺産だ。勿論、明治以降の人々はこれらの遺産群を丁重に保持してきたのだと思うし、そのことが我々にとって大きな価値を有することは言を俟たない。だが当時の建造物群における基準を考えたとき、萩の価値は必ずしも自明でない。

 要するに、長い年月を経て残っている・アンティークであるということがそのまま価値とみなされるのも世界遺産なのだ。「古い」でいい。「古い+すごい」じゃなくてもいい。この辺りを勘違いしたまま「世界遺産」という見出しにつられてあちこち旅行していると、「ん?」となる時がある、かもしれない。

 そんな風に自身のスペイン放浪を思い返していたのです。